シリーズ・書写を考える<7>
第1部「書写教育の今日的意義を問う」
~大平恵理氏インタビュー~
その2<書写と書道>
書写と書道はどう違うのか? 誰もが持つもっともな疑問だろう。我が国屈指の書写団体である日本書写能力検定委員会(書写検、本部・東京都青梅市)の大平恵理・首席副会長はその違いを明確にしながらも文字文化を追求するうえで両者は密接に関連するとの考えを示した。書道と対比しながら書写の教育的、文化的意味合いを考えてみたい。
――書写は正式な呼び方ですか。書道との違いはありますか。
大平 「書写」とは文科省が定める授業の大綱的な基準の学習指導要領で小中学校国語科の言語事項として取り上げられている公式な呼び方です。文字を「正しく整えて読みやすく書く」ことが目的です。硬筆と毛筆を関連付けて学習が行われます。中学生では、これに「速く書く」ことも加わります。一方、「書道」は芸術科目として学校では高等学校以上の科目として位置づけられています。
――この2月、民放が「日中書道対決」という番組を流しました。書道対決ということですが日本側代表は書写検生徒の高校3年、藤本梨絵さんでしたね。大平先生は日中のどちらが上手だと思いましたか。
(番組は4チャンネルが制作・放映した。その中国ロケの模様を報じた<書写シリーズ・序章「安徽省師弟旅」>にも1000件ものアクセスが殺到するなど大きな反響を呼び「書写というものを初めて認識した」などの声も寄せられた)。
大平 どちらが上手とは言い難いと思っています。藤本さんは書写の基礎力の上に表現しており、一方中国の学生さんは古典学習の基礎力の上に表現しており、双方異なる学習観点の上に書かれた作品でした。専門性としては古典学習も重要視すべきと考える一方、広く一般には日常の硬筆にも関連付けて、書写学習を奨励したほうがいいとも考えています。
――中国の日常生活は簡体字の硬筆で行われていると聞いています。日本の場合も日常生活ではそれほど毛筆と縁がありませんが、毛筆書写の現代的意義はどこにあると考えますか。
大平 大きく2つの意義を考えています。1つ目は、日本語の文字は毛筆文字で出来上がったため、とめ、はね、はらいの書き方、点画の接し方を明確に学べるということです。2つ目は、日本の文字の成り立ちから言って、文字を文化として深く親しむには毛筆文字が最適と考えます。
――毛筆書写について教育的側面からもっとご説明いただけますか?
大平 筆に墨を含ませ、筆から紙へと墨が伝わり、文字を描き出します。含ませた量によって墨の紙へ伝わるスピードが変わり、筆を運ぶ速さも加減したりします。折り返し、払い、書く点画に合わせて呼吸も整えます。書かれた文字からは息遣いさえ感じるものです。毛筆で文字を書くことは、硬筆以上に集中し、落ち着いて物事に取り組む姿勢を養うことができると感じています。
――書写と異なり、いわゆる芸術書道は美を追い求める余り文字から離れすぎて、早い話ほとんど字形というものと無関係とさえ言えるケースがあるように思います。文字文化という点ではその発展に関連しないのではないかとさえ思わないでもないのですがどう思われますか?
大平 大いに関連すると思います。創造美を追求する芸術書道により、文字に親しむ視点がとても情操豊かなものになると思います。更には、その視点に止まらず、(書写のように)文字を正しく整えて書くことや、現代に使用する硬筆との関連まで視野に入れた文字文化を追求する姿勢が大切だと考えます。
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大平恵理氏 1965年生まれ、東京都出身。小学2年生から書写を始め、吉田宏氏(書写検会長)に師事、数々の全国大会でグランプリを受賞。大東文化大学に進み書写書道を学ぶ。2005年から書写検首席副会長に就任、お手本、教材作成、講習会での指導を担当。著書に、字を書く楽しみ再発見!をキャッチフレーズにした「えんぴつ書き練習帳」(金園社)などがある。元来は左利きで、幼少の頃はよく鏡文字を書いていたなどのエピソードを残す。2児の母。座右の銘 「誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下、格物、致知」(「大学」八条目)
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日本の子どもたちの学力を高めるためには国語力をつけなくてはいけないという考えが強まっている。今年度中にもまとまる国の次期学習指導要領では国語力の涵養が柱になる見通しだ。国語力の中心は「言葉」への理解度とそれを使う力であり、言い換えれば「言葉の力」の強化が求められている。教育タイムズではこの観点から言語能力の基盤と言える「手書き」文字に注目、それを学ぶ書写教育の今日的意義を探る「シリーズ・書写を考える」を連載することにした。第1部は書写教育の全般について大平恵理氏へのインタビューを中心に構成、おおむね毎週1回、月曜日に更新する。
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