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2007年4 月25日 (水)

シリーズ・書写を考える<8>

                        第1部「書写教育の今日的意義を問う」
                                                 ~大平恵理氏インタビュー~
 その3<子どもの変容>
  教育で最も大事なことは、教育の結果子どもがどう変わるか、である。昨今の教育の混迷は意図するように子どもが変容しないところに原因があると言って過言ではないだろう。このシリーズは、書写教育が子どもの良き変容に大きな効果を発揮することから、その背景を探ろうと企画したとも言える。書写教育の現場で多くの子どもたちに文字通り手を取って教えてきた日本書写能力検定委員会(書写検)首席副会長、大平恵理氏に体験的変容論を語ってもらった。(文中敬称略)

        上手い、下手を左右する文字感覚を磨こう
 ――まず技術面からお聞きします。大平理論では「どのような子も必ず書写はうまくなる」としていますが、我が身を振り返り信じられません。大平理論の詳細を教えていただけますか?
 大平 書写の場合、字形の整え方などを理論的に説明することができます。例えば、「横画は少し右上がりに平行に書くと好い」などです。書写の学習過程は、まず字形の整え方などを理論的に理解し覚える段階、次に実際に書いて上手く書けるようになる段階とあります。そして、覚えることと書けるようになることは連鎖していきます。具体的には、形の整え方を覚え実際に書いてみて、繰り返し書いて上手くいく、やっぱり上手く書けない、というような具合になるわけです。

 ――手筋は遺伝だということにはならいのですか。
 大平 字形の整え方を覚えるということは他の学習と同じで、どのくらい覚えたかということを成果として問うことができます。しかし、実際に上手く書くということは他の学習と違って、一人一人が持つ、それまでに知らず知らずに養われた文字感覚に、大きく左右されるという性質があります。そのため、「字を上手く書こう、学ぼう」と意識した時には、書写学習の過程が覚えることと上手に書けることが連鎖していることもあって、手すじや親からの遺伝のようなもともと備わったものにより、あたかも上達が決まっているように感じてしまうのではないでしょうか。
  文字には上手い子(人)、そうでない子(人)があるのではなく、文字感覚を養いながら、理論的に字形の整え方などをきちんと学べば、必ず書写は上手くなると考えています。一般に言われる上手い子(人)とそうでない子(人)の差は、単にそれまで養われてきた文字感覚の差であり、書写学習にあたって文字感覚を養う時間がかかるか、かからないかの差だけなのです。

  ――上手い,下手は文字感覚の差だと言われましたが、文字感覚とは何を指していますか。
  大平 書写書道作品の文字や街中の看板文字でも、ノートに書いた文字でも「この字好きだな」と感じたり「素晴らしい」と感動したり、ちょっと不快に思ったり、落ち着かない気持ちになったり、と文字に対して感覚的に感じ取るものがあります。また、逆に何も感じず、文字を意識することもなく過ごしているケースもあるかもしれません。
 触れた文字に対して受け取る感覚が文字感覚であり、感覚は、文字を意識することから養われ始め、そこからの学習経験により、徐々に磨かれていきます。敢えて順番をつけるなら、まず第1段は、縦画の方向をしっかりさせることです。縦画が倒れると文字全体も傾きます。第2段としては何本もある横画を等間隔に、平行に書くことです。すると文字は整然とします。この2点が一番大きく文字感覚を養う柱になります。第3には、バランスです。人間もそうですが、狭い平均台に乗るとしましょう。大体の皆さんが両手を広げてバランスをとると思います。この時の人の姿と同じように、多くの文字が左右一箇所だけ幅をとって左右のバランスをとります。
ここまでは、縦横の方向ですが、次には斜めの点画に対するものがあります。横画、縦画はほとんどが一定の方向を保ちますが、斜めの画はあらゆる角度があるのでとても難しいです。書き出しではわずか0.1mmぐらいの差でも、行き着く先の終筆は大きく開いてしまうからです。更には横画、縦画、斜めの画の接し方、終筆のとめ・はね・はらいの書き方等があります。特に要所を理解しやすくするのが毛筆学習です。

  ――――途中ですが、形を整えるいくつかの要素を備えた文字を良しとする感覚が優れている、というのはどうしてしょうか?

 大平 そこまで及ぶと、とても難しいことになりますが、理屈ぬきに多くの人が「いい字だなぁ」と直感的に感じることが大事なのだと思います。これらの事に気をつけて文字を見たり、書いたりするうちに、芸術的感性による文字感覚は別として、一般的に言う文字感覚というものは磨かれていきます。日常の一回一回の小さな経験が文字感覚を養っていくのです。ただ漠然と文字に触れるのでなく、書写など改まって学ぶ機会を持ち、よい文字の要所をつかんで文字に触れると、より精度の高い文字感覚が養われていくと言えると思います。文字感覚も遺伝のように思えてしまうのは、目に見えない本人の意識に左右されているからではないでしょうか。
 
 話は最初から書写の技術的側面に深く入ってしまったが、次回は書写教育の精神的側面にも触れていきたい。
                      ×             ×
大平恵理氏 1965年生まれ、東京都出身。小学2年生から書写を始め、吉田宏氏(書写検会長)に師事、数々の全国大会でグランプリを受賞。大東文化大学に進み書写書道を学ぶ。2005年から書写検首席副会長に就任、お手本、教材作成、講習会での指導を担当。著書に、字を書く楽しみ再発見!をキャッチフレーズにした「えんぴつ書き練習帳」(金園社)などがある。元来は左利きで、幼少の頃はよく鏡文字を書いていたなどのエピソードを残す。2児の母。座右の銘 「誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下、格物、致知」(「大学」八条目)
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  日本の子どもたちの学力を高めるためには国語力をつけなくてはいけないという考えが強まっている。今年度中にもまとまる国の次期学習指導要領では国語力の涵養が柱になる見通しだ。国語力の中心は「言葉」への理解度とそれを使う力であり、言い換えれば「言葉の力」の強化が求められている。教育タイムズではこの観点から言語能力の基盤と言える「手書き」文字に注目、それを学ぶ書写教育の今日的意義を探る「シリーズ・書写を考える」を連載することにした。第1部は書写教育の全般について大平恵理氏へのインタビューを中心に構成、おおむね毎週1回、週はじめに更新する。

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