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2007年10 月 4日 (木)

ちひろの絵

ちひろの絵は、私にとって、心の中に寄せては帰す波のよう・・・。

中学3年のとき。近くのスーパーで、いわさきちひろの複製画が飾られて売っていた。
『母の日』――カーネーションを持っておかあさんの首に抱きついている子どもの絵だった。
そのころの私は、学校生活に精神的に疲れきっていたからか、その絵の温かさが欲しくて、お小遣いでその絵を買った。
以来、いわさきちひろの絵が大好きになり、お小遣いをためては、複製画を集めた。かなりの枚数になった。

そして、ある日、『子犬と雨の日の子どもたち』--子どもたちが傘をさして犬と戯れる絵を買った。部屋の絵を掛けかえようとはずんで帰った。
しかし家に帰ると、とても悲しい事件が起きていた。
あまりにショックで、その日に買ったちひろの絵は見れなくなってしまった。
その絵だけでなく、ちひろの絵を見るとその日のことが思い出されて、すべてを見ることができなくなってしまった。記憶を封印するかのように、買い集めた絵をすべて箱にしまい、ぐるぐるに紐をかけて、押入れの奥深くにしまってしまった。
もう20年以上前になるのだけど、いまだにその箱は開けていない。

その後、時間の流れとともに、悲しみは小さくなっていったけれど、ちひろの絵をあえて見る気にはなれなかった。
それがあるとき、職場で同僚から「いる?」と「ちひろ美術館」の招待券を目の前にふいに差し出された。
「えっ」と目をそむけたが、チケットには赤いチューリップの横に座る赤ちゃんの絵が印刷されていた。
その絵の赤ちゃんと目が合ってしまったというか、そのときお腹の中に宿っていた生まれ来るわが子の絵のような気がしてしまった。
券を受け取り、机の前に立てかけた。
久しぶりにちひろの絵と向き合った。カーネーションの子の絵を初めて見た時のような、じんわり温かい気持ちが胸に流れた。

産休に入り、東京・練馬のちひろ美術館を訪ねた。
子どもへの優しい眼差しにあふれたちひろの絵と美術館の静かなたたずまいは、仕事に没頭してきた自分に久しぶりにやわらかい気持ちを運んできてくれた。
そして、お腹の子へ思いを馳せて、ピンクのうさぎのぬいぐるみと座る赤ちゃんの小さな絵をミュージアムショップで買った。

そして、タラコが生まれた。
心臓に病気が見つかった。自分を責めて泣き明かした。
そこにちひろの絵があった。ピンクのうさぎと座る赤ちゃんの、ふわふわな幸せ顔が耐えられなかった。
壁から荒々しく外し、ちひろの絵を再び封印した。

その絵を、最近、引き出しの奥から出してみた。
眺めると、タラコの病気が分かって気が狂うほど泣いたことが思い出された。
しかし、ちひろの絵の赤ちゃんは、何の罪もない顔をしている。どうして泣いていたの?って不思議そうに見ているみたい。
タラコは病気のせいで痩せっぽちで、この絵の赤ちゃんみたいにプクプクはしていなかったけど、元気でやんちゃで大きくなったじゃないか・・・・。
罪のないあどけない顔していたのは、この絵の赤ちゃんと変わらなかったな・・・・と。

愛おしくなって、ふたたび壁に掛けた。
こういう気持ちになるのに、3年かかった。

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