シリーズ・書写を考える<9>
第1部「書写教育の今日的意義を問う」
~大平恵理氏インタビュー~
その4<続・子どもの変容>
「書写を習うすべての子が字は上手になる」を信条とする日本書写能力検定委員会(書写検)首席副会長、大平恵理氏は、その実例をいくつも挙げた。学ぶ教材や指導者、学習のノウハウが、上達するために重要な役割を果たす、というのが同氏の考え方だ。一般に学習、習い事で上達するための前提として不可欠と思われる「忍耐力・集中力」については、逆に「上達することで養われるもの」と力説した。紙一重を積み重ねるようにして上達していく書写の取り組みがそれを実現すると説明する。前回に続いて書写がもたらす子どもの変容ぶりを聴いた。
養われる忍耐力・集中力で学力も向上
――本当に上手になった実例をいくつか挙げることができますか?
大平 はい。たくさんの子ども達が結果を出しています。一番印象深い経験では、小学生の頃なかなか結果まで結びつかなかった生徒さんが、初めて中学2年生の時に書写の全国大会で大きな賞をいただき、それが大会全参加者の最高峰となる内閣総理大臣賞だった、ということがあります。結果にこだわり過ぎるのはよくありませんが、全国大会などの成績なども明確な結果の一つと言えると思います。中にはずっと習っているけれども、結果を出せたという実感をつかむことができなかったという方もいらっしゃるかもしれません。文字感覚を養うことで時間がかかってしまうことも多くあるからなのですが、これは、学ぶ本人よりも導く先生や親など学ぶ条件を与える人が大いに工夫、努力すべきところです。私などもまだまだ努力が足りないと反省するところです。
書写検は毎日新聞社と共催で書写関連の5つの全国大会を行っている。「毎日ひらがなかきかたコンクール」「毎日全国学生書写書道展」「全国硬筆コンクール」「全国年賀はがきコンクール」「毎日学生書き初め展覧会」だ。これらはいずれも文部科学省が、競い合って能力を伸ばすことを奨励するために実施している「学びんピック」事業に毎年認定されている。コンクールと書写学習については項を改めて取り上げたい。
――結局、忍耐強く取り組むことが上達のポイントのように思いますが。
大平 本人が忍耐強く取り組むことが初めからできるのであれば、それに越したことはありません。でも、上達の条件として忍耐強く取り組むことを挙げることよりも、上達するなかで、忍耐強さが培われると言ったほうが的確な捉え方だと思います。学ぶ教材や指導者、学習のノウハウが、上達するために重要な役割を果たすと思います。どんな物事でも上達に、忍耐、根気を強いるとしたら、上達とは、とても苦しいこと、辛いこと、楽しくないことになるのではないでしょうか。そうではなくて上達の中で、忍耐、根気が培われ、養われるとなれば、それは本人にとって宝物をつかむようなことだと言えるでしょう。
――書写に忍耐を呼び込む特別な作用があるのでしょうか?
大平 書写の上達の過程では、大きな結果に照準を当てた学び方をするよりも、1枚練習した結果、1枚前の作品より一箇所でも上達したことを成果とすることがベストです。そのような小さな成果を軽視すると、上達への道を歩むことは難しくなります。小さな成果を一つ一つ積み重ねることなら誰にでもできることであり、紙一重でも何枚も重なれば厚みが出るのと同じで、そのような取り組みに、書写はとても適した学習の性質を持っていると思います。文字は書いて、目で明確に上達を見比べることができますから。まさしく目に見えて上達するのです。
人格形成にも大きく寄与
―名古屋の書家で「書写教育が人格形成に寄与する点」をまとめた人がいます。 一本の線を引くにも求められる集中力とやり遂げる忍耐力が養われることをその第一に挙げていますがそういうことでしょうか。
大平 「書写教育」に限らず、特に「教育」と名のつく事柄の先には「人格形成」を見据えておくことはとても大切だと思います。その先にそれを見ていないと「書写」を学んだ結果、「人格形成」を妨げることもあり得るからです。例えば大会参加にあたっても、大きな賞を受賞することが書写を学ぶ目的になり、その過程での経験から育まれる人間的な豊かさに気付かなかったりするからです。
書写教育において、具体的に養われ培われる「集中力」や「忍耐力」が人格形成につながっていることを挙げると同時に、書写上達の過程、継続して学ぶ過程で乗り超えていく精神的な成長を、大局的に豊かな経験として人格形成に寄与する点として、最も強調して挙げておきたいと思います。
――変容した成果がどのような面で現れているとお考えですか。例えば学校の勉強についてですが。
大平 集中力、吸収力の向上が挙げられます。具体的には話を聞く態度が養われていることです。そのため、長時間一つの物事に取り組む姿勢や、他の条件も整えば、学校の勉強にも成果が現れている様子が見られます。それと、継続する中では成績に結果が出る時も、出ない時もあります。いろいろな場面を乗りこえる中で、周りの人達への感謝の気持ち、時には競い合うこともあるライバルや後輩などを思いやる気持ちが育まれ、心の温かさのある人間性が持てるようになっている様子が窺えます。この他にも前述の忍耐力、素直さなどいろいろな要素が、学校の成績や人を思いやる人間性として表われている、と変容の結果を感じています。
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大平恵理氏 1965年生まれ、東京都出身。小学2年生から書写を始め、吉田宏氏(書写検会長)に師事、数々の全国大会でグランプリを受賞。大東文化大学に進み書写書道を学ぶ。2005年から書写検首席副会長に就任、お手本、教材作成、講習会での指導を担当。著書に、字を書く楽しみ再発見!をキャッチフレーズにした「えんぴつ書き練習帳」(金園社)などがある。元来は左利きで、幼少の頃はよく鏡文字を書いていたなどのエピソードを残す。2児の母。座右の銘 「誠意、正心、修身、斉家、治国、平天下、格物、致知」(「大学」八条目)
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日本の子どもたちの学力を高めるためには国語力をつけなくてはいけないという考えが強まっている。今年度中にもまとまる国の次期学習指導要領では国語力の涵養が柱になる見通しだ。国語力の中心は「言葉」への理解度とそれを使う力であり、言い換えれば「言葉の力」の強化が求められている。教育タイムズではこの観点から言語能力の基盤と言える「手書き」文字に注目、それを学ぶ書写教育の今日的意義を探る「シリーズ・書写を考える」を連載することにした。第1部は書写教育の全般について大平恵理氏へのインタビューを中心に構成、おおむね毎週1回、週はじめに更新する。
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