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2006年12 月21日 (木)

ある特ダネの思いで;中野区教育委員準公選条例

 教育改革問題で教育委員会が話題に上るたび、思い出す1本の記事があった。28年も前に毎日新聞都内版に書いた地味な記事で手元にはスクラップしていない。今日、国会図書館に行く用がたまたまあって、ようやく縮刷版で3段の細い見出しを見つけ出した。<ぎりぎり成立か/中野区の教育委員準公選/29日、特別委で結論>(1978年11月17日朝刊東京版)。小さい割には1200字もある長い記事を読んでいるうち、当時のことが次々と思い出された。
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「なにい! 準公選条例案をどうする気かだって?」。東京都中野区議会公明党幹事長は突然押しかけてきた若い記者を睨み付けたまま、しばらく押し黙った。確か鮫島さんという名前だったと記憶している。1978年11月のことだった。同区では住民たちが起こした直接請求運動が功を奏し、区議会に2ヶ月前「中野区教育委員準公選条例案」が上程されていた。「教育委員を住民投票を参考に区が選ぶ」という条例案に対し賛否が真二つに割れたまま、その成否はキャッシングボードを握る公明党の態度にかかっていた。

 当時、社会部西支局(新宿)にいて中野区を担当していた私はその取材を続けていたが、態度を明らかにしない公明党に業を煮やして面識もない区議団幹事長を直撃したのだった。
しばしの沈黙ののち、鮫島さんはこう言った。「あの(1955年の)乱闘国会で、わが党は自民党政府の横暴に体を張って抵抗したんだ。そのことを考えれば、答えは決まってるじゃないか」。少し遠い目をしてそれだけ言うと鮫島さんはまた黙ってしまった。

  「なんのこっちゃ?」と頭をひねりながら急いで歴史をひも解いた私は「ああ、これか」とひざを打った。その国会で教育委員会法に替わる地教行法(地方教育行政の組織及び運営に関する法律)が成立していた。教育委員会法は戦後教育改革の理念である「教育行政の一般行政からの独立」を旗印に、教育委員は住民の直接選挙で選ぶ公選制だった。しかし、政党色が入り込むなどの弊害が言われるようになり、ついに公選制を廃止して、教育委員は首長が議会の承認を得て任命する仕組みの地教行法が成立したのだった。

 この任命制に対しては「住民の意思が教育に反映されない。それが教育の荒廃につながっている」などの反対は根強く、中野区住民が全国で初めて準公選条例の制定を求める直接請求運動を開始。2万人の有効署名を集めて条例制定を求めたため地方自治法の規定にのっとって条例審議が議会で行われることになったのだった。条例案は区民に自由に立候補させて、誰がふさわしいか区民投票を行い、区長はその結果を尊重して議会に人事案を提出する仕組み。これに対し国はもちろん、当時革新区長と言われた大内中野区長も「趣旨は意義があるが現行法と相容れない」と反対していた。

 支局に戻った私は大急ぎで原稿を書いた。1200字におよぶ長文の原稿だ。さわり部分はこう書いてある。「(公明党は)大勢として賛成の方向で固まった。このため自民、自民同志クラブが反対に回っても、同委(条例案審査特別委員会)採決は10対10の可否同数となり、委員長採決で採択され、本会議で可決されると見られる」。その後の流れはまさに記事どおりとなり全国初の準公選条例は成立したのだった。

 翌日、11月17日朝刊に記事は都内版3段で載った。見出しは「ぎりぎりで成立か」。全国版にいくだろうと思っていただけに地味な扱いにがっかりした。案の定、しばらくして朝日新聞は夕刊1面トップで「成立へ」と大きく報じた。せっかくの特ダネをもっと売り込まなかった自分、デスクに誘われるまま扱いも確かめないで舞伎町へ繰り出してしまった自分を二日酔いの頭で痛く反省したのを覚えている。

 この記事には後日談がある。記事が出た日は区議会の各党から成る調査チームが沖縄に出かける日だった。沖縄は1972年の施政権返還までアメリカスタイルの教育委員公選制を取っていた。その前後の様子を聴くのが調査目的である。羽田空港で記事のことを聞いた自民党区議は売店で新聞を買い求めて一読、新聞を床にたたきつけて靴で踏みにじったという。同行した議員から聞いた。「実はまだ公明党も内部は割れていたんだよ。この記事で大勢は決まった」。取材を尽くしたら書いたかどうか。後で思い当たる節はあった。5ヵ月後の中野区長選で自民・公明が押す初の保守中道首長が誕生したのである。その動きはそのころすでにたけなわであっても不思議ではない。鮫島さんの言葉ひとつで「ぎりぎり成立」と打った若気の至りが懐かしくもあるが。
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 その後、中野区の教育委員準公選制がどう変遷したか詳しくは知らないが、今ではまったく見る影もないという話を聞いている。もはや口の端にも上らなくなった教育委員公選制もあわせて、教育への住民意思の反映について少し考えて見たいと思った。

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