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2006年6 月 2日 (金)

食べ物はみんな生きていた

  金曜日は生活クラブ生協の配達日。午後3時半きっかりにチャイムが鳴った。マンション2階の玄関先まで配達のお兄さんが届けてくれたパッケージの中には泥だらけのネギの束もあった。「洗うのが面倒だな」と言うと、連れ合いが「この方が安くなる」と言う。洗う手間だけ安いというわけだ。先週分のタマネギがまだ一袋手付かずだというのに、また10個ほども届いた。ボルシチでも作るか。夕食用には生協自慢の卵を使ってネギ入り炒り卵を作る。犯科帳の鬼平が好むやつである。

 勧める人があってリタイアと同時に3月から生協に加盟した。仕事にかまけて打ち捨ててきた食生活を少しは顧みようと思ったからである。まずは食材から、と勉強がてら生協に入った。確かに食材などの説明パンフが毎週山のように届けられる。産地と直結したものが多く、日本の農業が今どうなっているかも分かる仕組みだ。何百品目にも上る注文表を眺めるのも楽しいが、なかなか料理を作るまでに至らない。もっかのところネギ入り玉子焼きを作る程度の話だ。

 食材を扱おうとして魚や肉など生ものを扱うのが苦手ということに気がついた。これは困る。食うのは一向に平気なのに、手にとって処理するとなると触るのが嫌になる。しかし、たいがいのまともな料理は生ものが素材だ。ボルシチも数少ないレパートリーのうちだが、生肉を扱うのが嫌でベーコンや魚肉ソーセージで代用する。あまりうまくない。
一日中釣りをしていても飽きなかった少年時代を振り返っても魚をさばくぐらい平気なはずだったが、いつからこうなってしまったのだろう。野性味のない生活を長く送りすぎたからだろうか。

食育基本法なるものが昨年夏に施行されたが、子どもたちにまず教え込みたいのは、食べ物は元々すべて生きていたのであり、人間はその命をいただいているという事実だ。そして命を食う感覚をつかむことと実践かもしれない。尊敬する農民作家、山下惣一さんの子供向け本のタイトルに「食べ物はみんな生きていた」というのがあったなあ。リハビリを急いで、早く野菜中心の食材注文からレパートリーを広げていきたいものである

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