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2006年10 月16日 (月)

ドラマ「クライマーズ・ハイ」視聴記

 「1年ほど前にクライマーズ・ハイのこと書いてたよね。あれ、どうした?」。最近、こんなメールを何人かの友人からもらった。NHKがドラマを再放送したらしい。せっかくの要望なので、あるメルマガに書いた文章を一部加筆の上で再録することにした。

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 「土曜日のNHK見た?」と何人かの友人からメールや電話をもらいました。20年前の日航機墜落事故を報ずる群馬県の架空の地方新聞「北関東新聞社(通称・北関)」を舞台にした記者ものの前編です。あいにく知らなくて1週間後の後編を見たのですが新聞社の内幕と記者心理がとてもよく描けていました。

 そのドラマ「クライマーズ・ハイ」(121017日放映)の粗筋などは、NHKオンラインのドラマホームページ http://www3.nhk.or.jp/drama/ に27日現在まだ残っています。それによると「群馬県御巣鷹の尾根への日航ジャンボ機墜落事故から20年。横山秀夫のベストセラーを原作に、未曾有の大事故を報道する地元新聞記者たちの興奮と混乱に満ちた1週間を描いた」作品です。プレマップ映像に重ねられたキャッチコピーを並べるとドラマが言いたいことの大体の内容が分かります。「新聞記者の意地と誇り」「組織と個人のはざまで何を伝えなくてはいけないか」…

迫真の夜討ち場面 

 著者の横山さんは群馬の県紙、上毛新聞の記者時代に日航機墜落事故に遭遇。そのときの体験をまとめ上げたのが小説「クライマーズ・ハイ」だそうです。編集局と販売局の対立などドラマ風に誇張され過ぎた部分はありますが、たぶん県紙も全国紙も同じだろう社内風土など我々の世界がよく表現されています。中でも記者の夜討ち場面は迫真のドラマです。

 520人の命が失われた墜落から3日後の1985815日のことです。北関の記者が現場で事故調(運輸省航空機事故調査委員会)のメンバーが仲間に「隔壁が壊れた…」と話すのを小耳にはさみます。それ以上は全く不明ですが、その記者はよほどふだん航空機問題を勉強していたのでしょう。それが飛行機の気圧を調節する後部隔壁の破裂のことであり、日航機は客室から噴出した空気で尾翼を吹き飛ばされたと推理します。前線からその報を聞いた社会部デスクは裏打ち取材を命ずると同時に予定稿を作ります。

16日午前1時。すでに紙面は出来上がっていますが、事故調の首席調査官に夜討ち(夜の直接取材)をかけている県警担当記者から「裏が取れた(確証を得た)」という報告はありません。じりじりして待つ主役の佐藤浩市扮するデスク。新聞配送トラック車庫のカギを持ち出して発送にストップをかけているため、取り戻そうとする販売局と守る編集局が深夜の社屋でもみ合い状態を続けます。デッドラインは午前1時半。場面変わって事故調が泊まっている宿舎の洗面台。浴衣姿で泊り客に化けた記者が洗面台にやってきた首席調査官に記者が近づきます。「今晩は。北関です」。 

 

紙面化しなかった勇気

 デスクに電話が入ります。「サツ官(警察官)ならイエスなんですが…」。夜討ち記者の報告は悩ましいものでした。ふだん彼の夜討ち対象は警察関係者なのでしょう。夜討ちで記者は自分の仮説を相手に当てて感触を取ります。例えば「明日、強制捜査ですか?」のように。反応は人さまざまですが警察官独特の反応があることは確かです。記者は慣れない事故調取材で戸惑いながらも「まず間違いない」との心証を得たのです。しかし、これだけの大事故の原因をそれだけで打てるのか。悠木デスクは悩み、結局印刷を断念するのです。翌朝届いた毎日新聞は「隔壁破裂」を報じていました。

 私も社会部などでデスク家業を5年もやった経験から、身につまされてこの場面を見つめていました。「自分ならゴーをかける場面かな」とも思いましたが、ドラマは心憎い伏線を張っています。昼間、すでに特ダネ情報は得ている悠木が隣の経済部デスクに問いかけます。「お前のとこ、運輸省クラブに入ってるか?」。答えはノーです。もはや現場取材以外に方法はありません。私なら当然報告が上がっているはずの運輸省幹部の総当りも指示した上で判断するでしょうが、クラブ未加盟の地方紙の場合はそれはなかなか難しいのが現実だと思います。やはり、極限状況の興奮(クライマーズ・ハイ)から覚めて判断した悠木デスクをほめなくてはいけないでしょう。

 予断ですが、この隔壁破裂の特ダネを抜いた毎日新聞の後輩記者に私は「ドラマを見たか」と問いかけました。その後輩記者は「(特ダネを抜いた)その夜、地元を含めどこかのマスコミが迫ってきている空気は全くなかった。あの夜回り部分はフイクションだと思います」と言いました。ついでにネタ元(情報源)も明かしてくれましたが、東京に足場を持たない地元紙では接触しかねる相手ではありました。

センセーショナリズムを批判

 少し自分たちの世界に入り込みすぎました。このドラマが本当に伝えたかったもう1つのストーリー展開があるのです。それは日航機墜落事故に狂奔するマスコミ報道を批判する投書を悠木が採用して紙面化し、社長の怒りを買って山奥へ飛ばされる流れです。投書の主は悠木に追い回されて取材途中にバイク事故を起こして死んだ北関の若い記者の恋人です。その娘は大学でマスコミ論を専攻していますが、日航機事故報道に狂奔する新聞を評して悠木に言います。「新聞は興奮しているのですね。そしてすぐ忘れる。命に大小はないのです」。実際のせりふは覚えていませんがこのように言ったあと「読者は遺族の気持ちにはなれない」と断言します。事件から事件へ、事故から事故へと渡り歩くマスコミのお涙頂戴的センセーショナリズムを批判したのだと私は受け取りました。

 ドラマは谷川岳登山をめぐるストーリーも加わってかなり難しいスジ展開ですが、新聞の生理と機能を理解しつくした上で作者は新聞に常に覚醒を求めているのだろうと私なりに理解しました。余談ですが、支局記者の放火事件など相次ぐ不祥事に揺れ動くNHKにこれだけのドラマが作れることを頼もしく思い、NHKの再生を強く願う気持ちになりました

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