「毎日新聞社会部」
「あんたの先輩が書いた本のことでしょ」と、友人からコピーが1枚送られてきた。選択5月号の「本に遭う」。記事は朝日新聞の論説委員が書いた「事件は事件に聞け」である。
その論説子によると、彼のところに「新聞記者になりたい」と言ってくる若者らに最近は山本祐司著「毎日新聞社会部」(河出書房新社)を渡してやるのだそうだ。なぜだろう?
論説子は「新聞社の入社試験は今も難関だが、それを突破してきたにしては、昔も今も首をかしげたくなるようなのがたくさんいるのがおかしい。試験のやり方がおかしいのであろう」と言う。それは多分朝日に限ったことではないだろうが、変なのが朝日に特に多いというのは分かるような気がする。(それで)筆者は「毎日新聞社会部」をプレゼントするというのだから、山本祐司さん(元毎日社会部長)が描く毎日社会部が新聞の原点だということなのだろう。
それにしても、とこの論説子の心中をいぶかったが、最後まで読んで少し安心した。山本氏が私淑する毎日社会部の先輩、平正一は論説子の郷里、門司の同じ集合住宅の住人だったのだそうだ。平は戦後世相史に特筆される「下山事件」の取材班キャップ。毎日社会部の輝く先輩である。その詳細は山本先輩の本に譲るが、占領軍総司令部(GHQ)の政治的思惑で警視庁と毎日の「下山自殺説」は押しつぶされ平は“誤報”の責任を取って熊本支局長に赴くのだった。東京に戻るのは10年近くも後のことになる。
彼が、平を特筆したこの本に強く引かれる心理は最後のこの下りに凝縮されている。「一学年下の一人息子とはよく遊んだが、やがて東京へ引っ越して行った。きれいなお母さんは体が弱いということだった。お父さんがどんな人かは、その時は知らなかった」。
それにしても、とやはり思う。朝日のこのところの自信喪失ぶりはなんだろう。この前も、ジャーナリスト学校を開設するに至った経緯を朝日の担当者の講演で聞く機会があったときにもそう思った。しっかりしろ!朝日。「毎日新聞社会部」を入社希望者に渡したり、毎日の名人戦を金にあかしてまで欲しがるようではライバルの価値がなくなる。
その論説子によると、彼のところに「新聞記者になりたい」と言ってくる若者らに最近は山本祐司著「毎日新聞社会部」(河出書房新社)を渡してやるのだそうだ。なぜだろう?
論説子は「新聞社の入社試験は今も難関だが、それを突破してきたにしては、昔も今も首をかしげたくなるようなのがたくさんいるのがおかしい。試験のやり方がおかしいのであろう」と言う。それは多分朝日に限ったことではないだろうが、変なのが朝日に特に多いというのは分かるような気がする。(それで)筆者は「毎日新聞社会部」をプレゼントするというのだから、山本祐司さん(元毎日社会部長)が描く毎日社会部が新聞の原点だということなのだろう。
それにしても、とこの論説子の心中をいぶかったが、最後まで読んで少し安心した。山本氏が私淑する毎日社会部の先輩、平正一は論説子の郷里、門司の同じ集合住宅の住人だったのだそうだ。平は戦後世相史に特筆される「下山事件」の取材班キャップ。毎日社会部の輝く先輩である。その詳細は山本先輩の本に譲るが、占領軍総司令部(GHQ)の政治的思惑で警視庁と毎日の「下山自殺説」は押しつぶされ平は“誤報”の責任を取って熊本支局長に赴くのだった。東京に戻るのは10年近くも後のことになる。
彼が、平を特筆したこの本に強く引かれる心理は最後のこの下りに凝縮されている。「一学年下の一人息子とはよく遊んだが、やがて東京へ引っ越して行った。きれいなお母さんは体が弱いということだった。お父さんがどんな人かは、その時は知らなかった」。
それにしても、とやはり思う。朝日のこのところの自信喪失ぶりはなんだろう。この前も、ジャーナリスト学校を開設するに至った経緯を朝日の担当者の講演で聞く機会があったときにもそう思った。しっかりしろ!朝日。「毎日新聞社会部」を入社希望者に渡したり、毎日の名人戦を金にあかしてまで欲しがるようではライバルの価値がなくなる。
コメント